すずまき*本と、紅茶と、あの頃と。#9



#9「P.A. プライベート アクトレス」×ドライフルーツティー


みなさまは演技の経験はありますか?


子供の頃に学芸会や文化祭で劇をしたとか、学生の頃演劇部だったとか、そういう方もいらっしゃるかと思います。

わたしは中学1年の時に文化祭で初めて舞台に立って役を演じました。
…といっても役は「ムカデの足C」で、台詞は「そうだそうだ!」だけでしたが。
演劇の記憶はそのくらいしかありません。

でもなんとなく演技や演劇にはずっと興味があったように思います。
子供の頃からごっこ遊びは大好きでしたし、漫画や小説のストーリーを考えるのが大好きな空想(妄想?)少女でしたから。
通っていた中学・高校に演劇部があったら、ひょっとしたら入っていたかもしれません。

この漫画「P.A. プライベート アクトレス」(以下「P.A.」)の主人公・志緒は高校生ながら天才的な演技の才能の持ち主。
ですが訳あって表舞台(芸能界)には出れず、アルバイトでP.A.をしています。
P.A.とは、現実世界、日常生活で依頼されたある特定の人物を演じる仕事。
志緒はその天才的な演技で、生き別れた娘、婚約者、亡くなった娘の生まれ変わり、はたまた霊媒師などなど、さまざまな役を完璧にこなします。
そこで遭遇するサスペンスあり、ミステリーあり、オカルトあり、ロマンスありのドラマティックな展開。
怯むことなくスマートに乗り越えてゆく志緒の姿は、潔く、毅然としていて、気高く、それでいてしなやかで美しい。
学生の頃のわたしはこういうカッコよくて魅力的な女の子に憧れて、どうにか自分もそんな人に近づけないものかと奮闘(?)しておりました。

志緒は仕事として日常生活で演技をしていますが、誰しも多かれ少なかれ、何かしらの役を演じているのではないでしょうか?
例えば貞淑な妻とか、肝っ玉母さんとか、頼りになる旦那様とか、優秀な社員とか、優しい彼氏彼女とか、あえて嫌われ役の厳しい上司とか…。
素の自分自身ではなく、どこかちょっと背伸びをしたり、他人の目を意識したり。
いつ何時もありのままの自分です!…なんて人の方が、少数派なような気がします。

わたしも小さい頃から常に「誰かの望むわたし」を演じてきました。
親の前では「手のかからない子」、先生の前では「真面目で優等生な良い子」、友達の前では「しっかり者でちょっと毒舌キャラ」などなど…。
特に大阪から転校して岐阜に来てからは、いじめられないようにと大阪弁を封印したので、標準語(岐阜訛りの)を話す自分も、自分にとっては演技みたいなものでした。

そうしていろいろ演じて生活していると、本当のわたしはこんなんじゃないのに、本当のわたしを知っている人は誰一人いない、などと思い始めます。
また新たな「普段明るいけど実は孤高なわたし」というキャラができあがるわけです。

そんな頃…大学生の頃だったでしょうか、この漫画「P.A.」に出会ったのは。
前述のとおり志緒のカッコよさに憧れて、こんな女の子になりたいと無意識ですが演技に磨きをかけます。
「クールでシャープな大人の女性」を目指していたのは、おそらく志緒の影響です。

あと衝撃的で痺れたのは志緒が恋人・知臣のことを言った台詞でした。

「こいつにだけは、あたしはあたしでいられる」

いろんな役を演じる志緒にとって、知臣だけが素の自分を見せれる唯一の存在…それが本当に素敵で羨ましくて。
わたしも次に恋人ができたら、その人にだけは本当の自分を見てもらおう、と心に決めました。

大学を卒業した夏からお付き合いを始めた彼には、一生懸命「本当の自分」を見せようと努力しました。
彼は強がりなわたしの弱さをわかってくれて、彼の前では泣いていいんだ、とホッとしました。
そうしているうちに、「彼の前では弱いわたし」というキャラを見事に習得。
もう本末転倒ですね。
彼に嫌われたくなくて、彼好みの「頼りなくて弱いダメな彼女」を演じ続けます。

そんな彼と結婚することになり、ますますこじらせていくことになります。
彼は誰よりも上に立ちたいタイプの人だったので、おそらく「頼りなく弱いわたし」はとても居心地が良かったのでしょう。
彼と違う意見を言おうものなら正論で言い負かされてしまうので、わたしもそれを避けるため彼が望んでいるであろう意見を察知して言うようになりました。
だんだんその「彼の必要としている意見」が自分の意見なんだと勘違いするようになっていきます。
何をするのも、何を決めるのも彼次第、自分の意見も気持ちも心の奥底に閉じ込めて、ぎゅうぎゅう押し込んで、ただ彼のしたいことをしたいようにできるように。

そんなことを何年もしているうちに、わたしは精神的にも肉体的にも弱ってしまいます。
東日本大震災の直後、経済的な問題とかいろいろあって、わたしは彼と別居することになりました。
でもまだこの時点では自分が弱ってしまっていることに気づけず、状況が好転したら、また彼と結婚生活を続けるんだと思っていました。

その後わたしは実家に戻ったのですが、さすがに30代半ばになって親の前で「良い子」を演じなくてもよくなっていました。
さぁ、いよいよ「本当の自分」を取り戻す機会がやってきました。
…ですが長年いろいろ演じてきて、もはや「本当の自分」がどんな人なのか、自分でもわからなくなっていました。
少しずつ、少しずつ、自分の気持ちを自分に問いかける日々が続きます。

別居して4か月ほど経った頃、彼と話し合うため久しぶりに会いました。
…彼と話をして、なんだか今まで感じなかった違和感を覚えます。
別居前と何も変わらない彼。
変わったのは、わたし自身でした。

あぁ、この人とは、もう一緒には暮らせないんだな。

そう思って、それから2か月後、大きな病気が見つかったタイミングで、わたしから離婚を切り出していました。

今も、「本当の自分」を取り戻すことは続けています。
今の夫と再婚して、徐々にではありますがだんだん素の自分を出せるようになってきました。
今でも多少は場の空気を読んでキャラを演じる、ということもありますが、それもわたし自身の一面のひとつであって、わたし以外の何者かではないんだと気づきました。

ここまできてやっとわかりました。
志緒がどんな役を演じていても、毅然としていて美しい理由。
志緒は役を演じていても、常に志緒であるということ。
演じる役全てが、志緒の中にある一面のひとつなんだ、だから嘘がなく、カッコいい。

今回このドライフルーツティーに「P.A.」を組み合わせたのは、この紅茶が志緒みたいだな、と思ったから。
ベースの紅茶は名古屋の老舗紅茶専門店・えいこく屋のウバが使われています。
えいこく屋の紅茶はオーナー自ら産地から買付けをしている品質の素晴らしいものですし、ウバは世界三大紅茶のうちのひとつで、独特のメントール感がキリっとして爽やかな、単品で飲んでもとても美味しいセイロンティーです。
さらに使われているドライフルーツ、これがまたとてもこだわり抜かれて選ばれた、全て国産で減農薬の果物たち。
えいこく屋で丁寧に乾燥やフリーズドライされていて、そのまま食べてもとても美味しいんです。

ベースの紅茶が役を演じていない素の志緒だとしたら、中のドライフルーツは志緒が演じるいろんな役。
苺、オレンジ、りんご、キウイ、ブルーベリー…それぞれ個性のある果物の良いところが凝縮しています。
志緒に嘘がなくカッコいいのは、どんな役を演じていてもブレない自分の軸がしっかりとあるから。
このドライフルーツティーの素材がどれもこだわり抜かれ厳選された果物だけ、というのに似ている気がします。

比べて過去のわたしは、言うなればこだわりの全くない、人工的な香料を使ったフレーバーのフルーツティー…?
ひょっとしたらフルーツティーの食品サンプルみたいに、実際には飲むことができない偽物なのかも。
いや、食品サンプルも最近はとても本当と見間違えるほどのクオリティですよね…てことは絵に描いたフルーツティーってくらいのレベルでしょうか???

わたしもしっかりとした自分の軸を見つけて、自分らしいこだわりを詰め込んだ、わたしだけの美味しいフルーツティーを作りたい。
絵でもなく、食品サンプルでもなく、人工的なフレーバーでもない、自信を持って振る舞えるようなこだわりのフルーツティー。
志緒のフルーツティーにはとても敵わないにしても、わたしも美味しいフルーツティーを目指して、これからも自分に磨きをかけていくつもりです。

このドライフルーツティーを飲んで、本当の自分はどんな風なのか、自分に尋ねてみる。
何が好き? 何が譲れない? 何をしたい?

…フルーツと紅茶の優しい香りに癒されて、素の自分がひょっこり顔を出すような、ゆったりとしたひととき。
そんな時間をみなさまもこのドライフルーツティーを飲んで体験してみてはいかがでしょうか?

「P.A. プライベート アクトレス」赤石路代 著
小学館フラワーコミックス(1991〜1999)



photo & text by すずまき

紅茶コーディネーター、紅茶学習指導員。
普段は某大学で図書館司書(パート)の仕事をしています。
学生の頃の夢は「良妻賢母な司書の小説家」…とりあえず 「妻」と「司書」にはなれました。
書くことが好きで、書き出すと止まらなくなります。




はちみつバード

わたしたちの日常はふと、 ノスタルジックなファンタジアに彩られる。 わたしだけが選べる、わたしだけのかわいい日常。 ことばと。写真と。

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