鬼滅の刄を観られぬ理由


©️LUGINSKY


窓際の卓にて、 お紅茶を頂きながら、 冬めいた往来の来ては過ぎていくそれを眺める、 こうした過ごし方をやれる人間じゃねえんだ、俺は。

もとより窓際の席に案内されねえのよ。

きまって便所の傍になる。

こちらの頻尿を察してのことなのか、 それともこちらの風体が集客を妨げるという不安の判断なのか、 どちらにせよ、あんまりだ。


ともかくとして、

こちらは紅茶みたいなのをやりながら

普段の神経衰弱に浸っていたわけだ。

貧乏ゆすり、卓を指で叩き続けるってのをやめられない。

落ち着かず、目は血走り、

便所に出入りする奴らの呆けたツラ眺めては舌打ち…… 

加えて、

盗み聞きなどやりたいわけではないけれども、

自然として他の席でお喋りしている奴らの声が、

他人のお喋りなんて聞きたかねえんだけれども、

誓って盗み聞きするつもりはないのだけども、

勝手に入ってくるんです。(そうですかい……)


「号泣」がうんたらかんたらというところから始まって、

「泣けた~!」と続いて、

俺はかっとなり、勢いよく尻を椅子から引っぺがし

 彼ら(若いお兄ちゃん二人)(わりと恰好良い)の席に よろめきながら向かい、

「涙腺と前立腺、どっちか引きちぎってやるから選べyo~」

なんてことは言いません。言えなかった。

便所の傍で俯いたまま彼らのお喋りの続きを聞いているだけだった。

「やっぱスゲエわ」

「なにが?」と黙ったままアタクシは訊ねた。黙ったまま。

「鬼滅の刃、原作も面白いよ」と兄ちゃんが教えてくれた。


ここから本題なんですがね(前置き、なげ~なあ……)

さて、僕はまだ観ていないというよりも観られないのよ。

その理由について、ええ、はい(誰も知りたがらねえよ、そんなもんは…)


さんざっぱら手前の学生時代(90年代~00年代~)について 云々やってきましたが、

僕が通っていた東京の山の手の半端なお坊ちゃん(成金のご子息多め……)付属高等学校、

強固なスクールカースト蔓延る何処かの刑務所みたいな学び舎には、

掟、ご法度みてえなのが幾つかありましてね、

アニメ(ルパン三世は一部許されていた)、

漫画(不良漫画は除く)、アイドル音楽、洒落てないものすべて、

つまりはオタクっぽいことは一切するな、

やってもいいけど最下層へどうぞ、というような向きがありました……

 ※これは学内から発生し通用していたというよりも、

週三で実施される合コン、そこで関わり合いにならざるを得ない

女子高生の皆様からの要請のため、

自然としてそうなったという経緯がございます、ええ、はい。

 ※つまりは掟というよりも、

それを破れば成り行きとして合コン参加資格を失うっていう方が 解りいいかな……


僕は映画を日に3~4本(専らレンタルビデオね……ビデオ……)観るようにしていた……

(よくよく顧みると映画を現実逃避の術にしていたきらいがありますね……)

(じゃあ、そうなんでしょうね……)

音楽は環境音楽(なんで?)、実験音楽、ニューウェーブ周辺、

BEAT UK(なつかぴー)なんかで 仕入れてきたあらゆるそれらを聴いていたわけなんですが、

こうした習慣はご法度の枠に当たらずとも、ダメなのよ。

当時の世代、僕らの掟においては。(大袈裟だな……)


例えば合コンにて 映画のハナシなんてやれねえの。

やったら終わりだ。

そもそも彼女達のハナシは

「どこで遊んでんの?」ここから始まる。8割以上が。

遊んでないわけだ。こちらは。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰めて、映画ばっかり観てます。

クラブで使用されないような暗い音楽聴いてます。泣きながら。

(当時、同級生がクラブのイベント打ってお金儲けしていた……高校生が)

とにかく、こうした映画やら音楽やらのハナシがやれないわけだ。


合コンに慣れない頃、というよりも

行く度に嘲笑されて改めなければ神経が持たないと悟るまでは、

「この間、観たやつで『ストレート・トゥ・ヘル』って映画が~」とか

「『ドッグ・イン・スペース』って映画知ってる~? お勧め~」とか

「バビロン・ズーのスペースマンって曲なんだけど~」とか

語る語る。相手は白けるどころか僕の隣を空ける。避難だね。嗚呼……

そして「あいつ変じゃね?」「ダサいよね、着てるもんもおかしくねえか」

という声が上がります。

まあ、ダサい、おかしいと言われても仕方がなかった。

映画かなんかで観て憧れちまったヒッピー、モッズ、70sロックスター、

とどめに西部劇(マカロニの方)、

こうした国境と時代を越えた恰好を真似るだけじゃなく綯い交ぜにして、

(真似るだけでも滑稽なのに混ぜちゃいかんよなあ…殊に西部劇はなあ…)

仕上げにモミアゲを顎まで伸ばしてたらよお……

「着てるもんおかしくねえか」と気味悪がられても至当だと思いますよ……

そんで、僕は暗かった。どんなに変な恰好しようと、

映画やら音楽やらについて独りよがりなハナシ垂れ流そうと、

僕はものすんごく暗かったそうです。暗鬱なんですね。何をどうしても。

暗い上に相手の反応が悪いと拗ねる。

拗ねて自棄を起こして皮肉なんかを繰り出しちまうもんですから、

まあね……ダサい、暗い、嫌な奴、救いようがねえわな。


畢竟は「今度から呼ばないでよ、あいつ」という扱いへ至る。

それでも行くんだよ。俺は。

当時の浮ついた時代の所為なのか、否、アタクシの強迫観念といいますか、

童貞、彼女なし、これは不幸の他ないではありませんかという妄執……

故、どんなに「あいつ、ヤバくね~!」と嗤われても

俺は逃げない。挑んだよ。週三回。


こうした試練、挫折の連続を経た上、

ある映画を観たのがきっかけとなり(また映画かよっていうね……)

僕は映画や音楽のハナシをしなくなった。

ヤバい洋服も捨てた。ヤバいと言われないような身なりに改めた。

もとより関心の薄かったアニメやアイドルといった

コンテンツ(コンテンツですって!)からは一層離れていった。

離れるというよりも無縁に等しい。

もはや女の子の関心を得るためだけにお喋りする機械になった。

徹底的な仮面、モテたいという執念の権化、

暗鬱な手前自身をひたすら軽薄に見えるよう努めた。

僕が努めて馬鹿になるほど軽薄な振る舞いに及ぶほど、

 彼女達のこちらへの扱いは軟化していきました……


僕は普通の学生となって、

(普通ではなかった。いいえ、皆、普通ではなかったのです…ん?)

青春時代のそれらしいタガの外れた色恋にも辿り着き、

クリスマスイブやバレンタインデーに寝込むような事情からは抜けられた。

(どんだけイブやらバレンタインデーやらを気にすんのかっていうね…)

変身大成功と言いたいところだが、これが原因なのかどうか解らないけども、

数年後、青年時代の終わりにおいて、

手前は自分探しというモラトリアムの迷宮にどっぷりと長く陥ることになります……最悪よ。


ともかくとして、斯様な時代の様子、モテたいという強烈な動機で以て、

オタク文化と呼ばれてきた何かと絶縁して過ごしてきた現在のアタクシ、

そんな人間から見える今の世間の変わりはマジで信じられねえ……


美少女アニメらしきキャラクターの等身大パネルに群がり、

人目を気にせず撮影し、パネルに寄り添って自撮りまでやるような青年達、

(これは批判ではない。マジで驚いただけなのよ、その光景に)

ツイッターのアイコンがアニメから持ってきた代物なんてのは普段の光景であり、

シネコンの上映作品の半分がアニメだったり何だり~

「時代が変わったんだなあ」と思わせるばかりでなく、

「俺は再び非メインストリームな人物になっちまったのかもしれねえ」という

不安まで思うようになっちゃった。(不安ってなあ……w)


『鬼滅の刃』のヒットについては周囲から聞こえるようになり、

薦められる機会も増えてきた、

そんでハナシは最初に戻るわけよ。

お紅茶飲みながら神経衰弱の最中に、

お兄ちゃんたちのお喋りがどうたらこうたらというところへ。 


知り合いが(親しくないので僕がどういう奴なのかを知らない)

観なよ、面白い、凄い、絶対と、そりゃあ熱心にね。はい。


「漫画は山下ゆたかさんのやつが一等なんだよね~」

※山下ゆたかさんの『暴虐外道無法地帯ガガガガ』『ノイローゼダンシング』は

僕が読んだ漫画において至上です。本心。


「さんまアニメはちょっちね~」と

幾ら断っても知り合い(そんなに親しくない。なので~)はぐいぐい推してくる。

「DVD貸してあげるから観なよ、PCで観られるでしょ」と

テレビで放送されたやつだかなんだかを録画したもんなのかな? 

それを持ってきてくれてね……流石に突っ返すわけにもいかねえから

お家で観ましたよ。貸してくれてありがとね。

可愛いキャラクターがヤッパ振り回してた……


やっぱり僕は映画版の方、観られそうにないなあ……

それは作品がどうのこうのじゃなくて、

また世間が云々ではなくて、

僕が時代遅れになっただけなのよ。

あれだけ苦労して変身したというのに、

再び非主流の感覚、それどころか旧い型の人間になっちまったよ~

という与太話やるためだけにだな、

こんなしつこいネチネチしたもんを書いちまったというね…… 





text by haiena

haiena 
職業 パートにてtrack maker(beat maker)    
          本業は墓荒らし見習い
出身 東京の東側
年齢 およそ青年というそれではない。
好物 焼きめし、豆腐





はちみつバード

わたしたちの日常はふと、 ノスタルジックなファンタジアに彩られる。 わたしだけが選べる、わたしだけのかわいい日常。 ことばと。写真と。

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