すずまき*本と、紅茶と、あの頃と。#6



#6「CAROL」×FORTNUM & MASON EARL GRAY CLASSIC


あれは高校1年生の夏でした。
高校に入学して、まるでぬるま湯のようだった中学校生活から一変、授業も部活もハイレベルになり、なんとか必死についていって、気がつけば夏休み目前。
ようやくほんの少し心に余裕が出てきた頃のお話です。

当時のわたしの通学路はかなりの田舎道で、家から高校まで自転車で約15分かかりました。
山を切り開いた住宅地から坂を下り、線路沿いの道をしばらく進んで、狭いくせに交通量の多い踏切を通過すると、あとはひたすら田んぼの中を突き進み、心臓破りの急な坂道を登ったら、山のてっぺんが高校です。
今では道中に商業施設もちらほらできているみたいですが、その頃はコンビニひとつありませんでした。

そんな通学路の唯一の寄り道スポットは、線路沿いの道にあった本屋さん。
この本屋さんには中学高校時代、特に高校生の頃に大変お世話になりました。
漫画、小説、雑誌、ごくごくたま〜に参考書…この頃わたしの本棚にあった本は、9割方ここで買った本といっても過言ではありません。

さて、高校生活にも慣れてきた高1のわたしですが、ちょうどこの頃夢中になっていた音楽がありました。
それがTM NETWORK。
以前このはちみつバードでも書きましたっけ。
中3の時にアルバム「CAROL」を友達からダビングさせてもらって、以来ヘビロテで聴いていました。
どんどんTMにのめり込んでいくうちに、アルバム「CAROL」の世界観を、メンバーの木根尚登氏が小説として執筆し、出版されていたことを知ります。

これはどうしても、絶対読んでみたい!!!

いても立ってもいられなくなったわたしは、線路沿いの本屋さんをはじめ、行ける範囲のあちこちの本屋さんを探します。
…が、小説「CAROL」が発売されてから、1年以上経っていました。
田舎の小さな本屋さんには、どこを探しても置いてありません。
今でこそAmazonでポチッとすれば済む話なのですが、当時はまだインターネットが一般家庭に普及する前、そう簡単にはいかなかったのです。

そこでわたしは一大決心をします。

…いや、全然大したことではないのですが。
でも当時の田舎の女子高校生のわたしにとっては、生まれて初めての行動に、胸がドキドキだったのです。

学校帰り、例の線路沿いの本屋さんに寄って、すぐさまレジに向かいました。
買う本を持たずにレジに行くこと自体、初めてです。
店員さんに声をかけるのも、もちろん初めてなので緊張の一瞬。

「あの…予約…取り寄せしたい本があるんですけど…」

生まれて初めて、本屋さんで本の取り寄せをお願いしたのでした。
くだらないことなのですが、本当にこの時の緊張で顔が真っ赤になった記憶は、今でも忘れません。

一大決心をして取り寄せをお願いして、10日くらい待ったでしょうか?
その間はずっと、小説の内容をアルバム「CAROL」を聴きながら想像(妄想)してはドキドキワクワクしていました。
夏休み前だというのに勉強にも部活にも身が入りません。(勉強はともかく、部活はこれからが大会に向けて正念場なのに…。)

そしてその時がとうとう来ました。
本屋さんからご予約の本が入りましたよ〜と電話があり、すぐに自転車を飛ばして向かいました。
手に入った時の嬉しさ、一秒でも早く帰って読みたいという逸る気持ち…これも今でも覚えています。
いつもよく買っている漫画や文庫本とは違う、ハードカバーの本の重さが、初めて取り寄せを成し遂げて少し大人になった自分の自信のような、達成感のような、そんな重さに感じました。
ほんとに大げさですが、自分がちょっと誇らしく思えたのです。

もちろんその日のうちに一気に読みました。
アルバム「CAROL」の世界…ぼんやりと霧に包まれていた世界が、ぱあっと目の前に広がります。

主人公はイギリスに住む普通の女子高校生・キャロル。
そのキャロルが、イギリスはじめ世界中から消えてしまった「音楽」を取り戻すため、異世界で悪と戦う…。
ざっくり言うとそんなお話です。

この頃のわたしはこういうファンタジーを好んで読んでいました。
超多忙な部活や勉強の合間を縫って、現実逃避するように漫画や小説を読んで、それだけでは足りなくて自分で小説まで書いていました。
その頃の時間の使い方には、我ながら脱帽してしまいます。
寸暇を惜しんで現実逃避…今思えばよほど現実世界に不満があったのでしょうね。

時を同じくして、現実逃避先…つまり漫画や小説の中で、わたしは今後の人生を決定づけるモノに出会います。

それが、紅茶。

いろんな作品の中に出てくる紅茶の種類の多さ、名前の美しさに、わたしは強く強く心惹かれました。
当時は日東紅茶のティーバッグしか知らない田舎の高校生です。
いったいどんな紅茶なんだろう….どんな味かするんだろう…飲んでみたい。

そんな時、たまたま父が仕事でイギリスに視察旅行に行くというではないですか!
お土産なにがいい? の父の質問に、迷わず紅茶!!! と即答しました。

そのお土産にもらった紅茶のひとつが、今回「CAROL」に合わせたフォートナム&メイソンのアールグレイです。
当時の紅茶の缶は、いまだに大切に使っています(写真の深緑の缶がそれです)。
厳密に言うと当時は名前が「アールグレイ」なので、今の「アールグレイ クラシック」とは中身が違うかもしれません。
「スモーキー アールグレイ」という種類もあるので、ひょっとしたらそちらの方が近いのかもしれませんが…。

初めて飲むアールグレイは、とても不思議な味がしました。
まるでキャロルが異世界に突然トリップしてしまった時のような、今まで経験したことのない、驚きの感覚。
自分が今まで飲んでいた紅茶とは全く違う。最初は違和感もありましたが、だんだん慣れてくると、異世界にもワクワクしてきます。
紅茶のこと、いろんな種類のこと、もっと知りたい!
この奥深い紅茶という異世界を、どんどん探検してみたくなったのでした。
…30年近く経った今も、まだまだ探検の最中です。

フォートナム&メイソンの本店は、イギリス・ロンドンにあります。
最寄り駅はピカデリー・サーカス。
なんと「CAROL」の冒頭のシーンも、ピカデリー・サーカスから始まります。
これは今回久しぶりに読み直して気がつきました。
なんという素敵な偶然…。
キャロルもフォートナム&メイソンの前を通り過ぎたかもしれません。

今もフォートナム&メイソンのアールグレイを飲むたび、「CAROL」をはじめ当時好きだった本や漫画を読むたび、わたしは高校時代に現実逃避しています。
高校生のわたしが逃避したかった当時の現実世界は、今のわたしにとっては逆に逃避先になってしまっているのです。
あの高校時代の多忙な日々が、いつのまにかそれだけ遠くになってしまったんだなぁ…。

今のこの生活も、いつか未来のわたしにとって、現実逃避先になるでしょう。
その時懐かしく暖かい気持ちになれるように、今から現実世界を楽しんでおかなくっちゃ。
つらいしんどいもうやだ、と思っていた高校時代だって、懐かしい現実逃避先になるんだから。



「CAROL」木根尚登 著
CBS・ソニー出版(1989年)




photo & text by すずまき

紅茶コーディネーター、紅茶学習指導員。
普段は某大学で図書館司書(パート)の仕事をしています。
学生の頃の夢は「良妻賢母な司書の小説家」…とりあえず 
「妻」と「司書」にはなれました。
書くことが好きで、書き出すと止まらなくなります。






はちみつバード

わたしたちの日常はふと、 ノスタルジックなファンタジアに彩られる。 わたしだけが選べる、わたしだけのかわいい日常。 ことばと。写真と。

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