映画『LUGINSKY』とhaiena氏のこと


『LUGINSKY』PFFアワード2020入選記念といたしまして、今回は特別企画です。

ウェブ映画情報サイトのFILMAGAなどに執筆されている、映画ライターの阿刀ゼルダさんによる映画レビューを公開いたします。



昨年、とあるSNSサイトで意気投合した4名で結成された映像ユニットJ&H Films。

はちみつバードではお馴染み、haiena氏が監督兼音楽を、ジャン=ピエール フジイ氏が

アートディレクターを務める映像制作ユニットです。

その彼らがJ&H Filmsとして初めて制作したインディペンデントフィルム『LUGINSKY』が、

映画監督の登竜門として由緒ある第42回ぴあフィルムフェスティバルのコンペティション部門

「PFFアワード2020」に入選。9月に京橋の国立映画アーカイブにて上映されることになりました。

僭越ながらわたくし夏色インコは、主にヒロイン役の撮影を担当しております。


今回ゼルダさんは特別に本編を視聴してくださり、監督であるhaiena氏への詳細なインタビューを

決行。映画が作られた背景にまで深く言及してくださっています。

それではどうぞ、お楽しみください。 



◾️haiena氏のブロガーの顔


haiena氏とはアメブロで知り合った。といっても、彼はあまり熱心なブロガーではなく、ごくたまに趣味の音楽のことを書いたり、自作のMVの紹介をやるくらい。最近はチルウェイヴなる通好みのエレクトリック音楽にハマっているらしかった。

映画やアート・写真関係は読む専。私の映画レビューにも時々丁寧なコメントをくれた。趣味が広く、好きなブロガーを見つけると(主に音楽・アート関係だろうか)相手の個展やライブなどリアルイベントにも出かける人だ。 

いろんな話題に詳しいのに、もどかしいほどに謙虚。だから、haiena氏が突如自ら監督して映画を作り、しかもぴあフィルムフェスティバルに入選したと聞いた時は驚いたのなんの。自主映画をやる人なら誰もが獲りたいメジャーな映画賞、入選するだけでも快挙だ。

他人に対しては褒め上手な一方で、自分のこととなると、少し自慢話でもしようと思った途端自分自身居心地が悪くなって挙動不審に陥ってしまう・・・haiena氏にはそんなところがある。PFF入選のことも、アピールしなければと頑張ってtwitterで発信しているのだが、なんだかギクシャクしたつぶやきが可笑しくて仕方がない。 

だが、今回入選記念の作品レビューを書かせてもらうにあたって、haiena氏にZOOM取材した中で、これまで知らなかった彼の一面を知り、私の中の彼の印象はずいぶん変わった。けしてブログの彼がウソだったわけじゃない。ただ、彼はもっと複雑で、自身の二面性の狭間にいる人だった。 

彼が何故「haiena」なのか、夢とその挫折、映画のこと、音楽のこと、新人賞に応募し続けている小説のこと、そして創作仲間のこと。 

彼の作品『LUGINSKY』と彼自身について、伝えなければならないことがたくさんある。私に伝えきれるだろうか?なんだか大変なことを引き受けてしまった・・・大袈裟かもしれないが、そんな気がしてしまうくらいに、彼の物語はドラマだった。




◾️アメブロ発自主映画が晴れ舞台へ


haiena氏のブロガーとしての顔の話から始めたのにはワケがある。

実は『LUGINSKY』という映画は、haiena氏とアメブロでブログを発信しているクリエイターたちとの出会いから生まれた作品だ。



今どきトレンドに敏感なクリエイターはnoteに集う。note自体が才能の発掘をうたっているからだ。だが、言うまでもないが敢えて言う。noteへ行けばスキルが上るわけじゃない。結局肝心なのは本人の感性だということに気づいている人は、にわかトレンドには動じない。 

そんなわけで、一見クリエイティブなイメージとは縁遠いアメブロにも才能の鉱脈はあるのだ。鼻が利くhaiena氏はアメブロで感性の合うクリエイターを掘り出し、以前から仲間うちでMV制作などの創作活動をやっていた。そのメンバーの1人、コラージュ作家のジャン=ピエール・フジイ氏が「何か新しいことがやりたい」と言い出したことがきっかけで、今回の映画製作の話が持ち上がったのだという。 

何故ここで映画だったのか?この話は後で改めて触れるが、今回取材して初めてhaiena氏が昔映画製作のプロを目指していたことを知った。(ついでに、彼が映画を断念した後小説に転向し、某大手出版社の新人賞の最終選考に残ったことがあるという話も初めて知った。)ジャン氏の言葉に、「じゃあ映画つくろうか」と言い出したのは、haiena氏だった。

まあなにしろこんな経緯から、haiena氏が監督・脚本・音楽と声を担当し、ジャン氏が映像、夏色インコ氏が撮影、あすてか氏がドローイング協力(出演者2名は外注)・・・という形で出来上がったのが『LUGINSKY』。ブロガー相互のコミュニュケーション主体というアメブロの大衆向きの特性が、ネットの深海に潜む才能を引き会わせたわけだ。

アメブロも捨てたもんじゃない。



◾️ブコウスキー仕込みの屈折映画『LUGINSKY』


『LUGINSKY』の舞台は近未来のディストピアだ。生まれながらの「高等市民」と「平民」が存在する階級社会で、抑圧された労働者として生きる鹿男が、本作の主人公である。酒とタバコとテレビとセックスにしか興味がないというおよそ主人公らしくない享楽的ニヒリスト(それもきわめて小市民!)だが、彼が文学青年崩れみたいな文語口調でまき散らす暴言の数々には不思議と可笑しみがあって、憎めない。



ある時会社の理不尽な仕打ちにより失業に追い込まれた鹿男は、ヤケ酒を煽るために立ち寄ったダンスホール「黄色い走馬灯」で、「聖職者」を自称するバーテンダー・黒豹男に出会う。世の中の全てを見通しているかのような不思議なオーラを放つ黒豹にすすめられるまま、「ルギンスキー・レプリカ」なる密造酒を飲んだ鹿男は、幻覚と現実が混濁する中、恋人のムシェットもろとも破滅の回廊へと・・・そんな流れの不条理でサイケデリックなブラック・コメディだ。

救いなんぞどこにも用意されていない、あたり一面絶望と虚無で塗りつぶしていくようなストーリーだが、独特のユルさとリズムに面白みがあって、辛くもコメディとして成立している。このきわどいバランスがいい。 

特に独特のニュアンスを作り出しているのが黒豹男の声! てっきりプロを使ったのかと思いきや、haiena氏が声をあてていると知って驚いた。いい仕事してる。



ざらついたドライな世界観は、haiena氏が自作小説で長年オマージュを捧げてきたというチャールズ・ブコウスキーのそれを彷彿とさせる。鹿男やムシェットが発するいっそ清々しいまでの暴言も、ブコウスキーの作品ではおなじみのもの。最初はたじろぐが、聴き慣れてくると不思議とそこに屈折した愛が見えてくる。これも本作のバランス感覚のなせるワザ。haiena氏はそこにクラシカルな文語調の語感を加えて、和製ブコウスキーの世界を作り上げた。

『LUGINSKY』にはドキッとするような社会風刺も込められているが、それでいて「軽妙」「チープ」にこだわり、パルプフィクション風にまとめている。これはhaiena氏の美学そのものでもある。

軽さを出すために、敢えて芯を穿たず「外し」を狙う。haiena氏自作のチルウェイヴ調の音楽も、軽さの演出に一役買っている。そして何よりもジャン=ピエール・フジイ氏のコラージュ・アートが作り出す異世界が、本作の「外し」の要だ。



◾️コラージュの迷宮


『LUGINSKY』の映像は、クリス・マルケルが『ラ・ジュテ』(1962年)で用いたフォトロマン形式がベース。しかし本作はそこにとどまらず、大胆にコラージュ・アートを取り入れた。コラージュ技法を使った作品は数あれど、今作のように作品世界そのものをコラージュ・アートで仕上げた作品はほかにない。これこそ、haiena氏とジャン氏の出会いが生み出したアバンギャルドだ。 

本作を観る人はまずジャン氏の作り出すサイケで混乱に満ちた世界観にたじろぐのではないだろうか?いや、大いにたじろいでほしい。 

映画の定石を知っている人ほど、この規格外のカオスに面喰うに違いない。不快感上等。そもそも本作は主人公の鹿男が「ルギンスキー・レプリカ」なる悪魔の酒によって狂った世界へと誘われていく物語。そこは黒豹男の呪縛に満ちた世界でもあって、困惑や不快感こそ正しい反応である。 

多様な素材から切り抜いたパーツを1つの平面に重ねていくコラージュは、あたかも酩酊の中で無秩序に記憶の断片が浮遊する様のようでもあって、その点でも本作の世界観にうってつけだ。無関連の意味の集積はすなわち無意味、溢れかえるコラージュは色彩に満ちた虚無の世界を現出させる。これこそhaiena氏が本作にほしかった絵ではないだろうか。 



以前haiena氏とジャン氏が共作したMVを観た時には正直そこまでピンと来なかったが、映画になってみると、絵とストーリーが吸い付くようにハマる。考えてみれば、お互い自分の世界を確立しているアーティスト同士がSNSで出会った時点で、創作のベクトルを共有していたということにほかならない。つまり必然の出会い・必然の共作ということなのだろう。 

haiena氏が20年前に断念した映画作家への道。当時「もう二度と映画は作らない」と決意したというトラウマの世界にもう一度向き合ってみたいと思ったのは、長い年月が経過してようやく傷が癒えたということもあるだろうが、何よりもコラージュ・アートとの出会いに映画製作の新しい可能性を見出せたことが大きいのではないだろうか。 

結局のところ、haiena氏は映画がやりたかったのかもしれない。 



◾️幻の強打者・ルギンスキーを追いかけて


子供の頃から映画好きで、一時期は1日4本観賞を日課にしていたというhaiena氏。(それだけ観ると学校に行く時間が足りない気がするが、学校には行っていた、ということにしておこう。)そんな彼が映画の専門学校に進み、映画製作の才能を評価されたことはごく自然な流れに思える。 

しかし才能は挫折も呼び込む、時として厄介なものだ。とりわけ彼の場合は人一倍挫折にみまわれたらしい。彼のハンドルネーム「haiena」にはそんな彼のしたたかな挫折感と自嘲が込もっている。『LUGINSKY』に登場する、挫折と社会の理不尽にまみれながらも無様上等で生き続ける鹿男は、haiena氏の分身だ。鹿男の淡々と破滅を受け入れる生き方は、haiena流のデカダンスなのだろう。

だが一方で、彼の中にはアンビバレンツもある。



映画『LUGINSKY』のタイトルは、或る男の名に由来している。その男とは、伝説の強打者として知られるボクサー、ルギンスキー。 

ルギンスキーはボクシングで一旦は栄光を極みながらもささいなことで挫折し、引退した、幻のボクサー。鹿男とは対照的な成功者だが、彼もやはり挫折から逃れられなかたっという設定は面白い。 

どこか、鏡に写ったhaiena氏の姿のような・・・もしかしたらルギンスキーもまた鹿男同様に、haiena氏の分身なのではないか。 

そんなhaiena氏の中でせめぎ合うもの、そして、今回20年ぶりの映画製作に向き合う中での苦しみについて彼自身がブログで吐露した記事を見つけた。 


ところで、
現在、映画もどき(非実写)を作っているんだけども、 
随分、昔のこと、 
僕は自主制作映画で大失敗をして挫折したことがありましてね…… 
あの頃は、 
根拠もねえのにひどく自惚れていたし、 
大人にそそのかされて有頂天だったということもあって、 
手前のすることに周りの人間を巻き込んでも平気だったといいますか、 
まあ、何をやっても構わねえと……ひどかったわけだ…… 
畢竟、付いていけねえ、こいつには、という次第になっちまって、 
多くが離れていっちまいました。 
僕の幾つもの暗黒時代のひとつっていうと大袈裟なようだが、 
ありゃ辛いばかりでした(てめえが悪いんだけどねw) 

 (中略) 

 もうそんなことはやっちゃあいけねえと 
反省しているのに、 
どこかで押しつけがましさや 
こうしろああしろというような調子が 
知らず出てきちまっているような気がして、 
てめえの性質が嫌になってくる。 
 
(中略)
 
既に巻き込んじゃった皆に 
楽しんでもらいたい、出来映えにも満足してもらいたいと
頭ではそのとおりに考えてはいるんだよ。 
だけども 
エゴだったり、頼りない責任感だったり、勝手な不安だったり、
そういえば効果音とかどうすんだだったり、
あの頃の失敗はやらねえと宙に向かって誓ってみたり、 
なのにエゴだったり、凄く美味しい普通のカレー食べたいだったり、
渦巻いちゃって渦巻いちゃって、
頭ン中、ぱんぱんだよ。 

こういう記事を
知らない奴が読んだら気持ち悪いと思うんだろうな。 


作品が完成して映画祭で日の目を見ることになった今、彼は過去のトラウマを乗り越えることができたのだろうか。 

もっとも、常に何かしらの形で自己表現を続けてきたhaiena氏は、今回の結果がどうであれこれからも表現者であり続けるだろうし、そうである限り、彼の中の絶望と野望のアンビバレンツは続いていくに違いない。

いずれにしても、今日の晴れの舞台の向こうは、また茨の道。だからこそ、晴れの日の彼にたくさんの人が拍手をおくってくれることを願いたい。 



・・・せっかくドライにキメた『LUGINSKY』の入選記念寄稿なのに、なんだかおしまいのほうがジメっとしてしまった。 

これを読んだらhaiena氏はきっと鹿男口調でこう言うんだろうな。 

「だっせぇ・・・」 




text by ZELDA

阿刀ゼルダ

職業 映画ライター・CPA 
居住地 東京都 
年齢 誰にもトシを聞かれない年齢に突入して久しい 
好きなもの 映画・旅・澁澤龍彥





J&H Films

コラージュ、デスクトップアート、chillwave系エレクトロニックミュージック、 
そしてナルシシズムを除却した江戸前文学などを用いて
MVや映像作品を創作するアングラグループを自称。





『LUGINSKY』上映スケジュール

9月12日(土)18:30〜 / 9月17日(木)11:00〜

前売りチケットはチケットぴあにて発売中です


【詳細は、ぴあ公式サイトにて】

はちみつバード

わたしたちの日常はふと、 ノスタルジックなファンタジアに彩られる。 わたしだけが選べる、わたしだけのかわいい日常。 ことばと。写真と。

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